hanaの東京写真散歩

      hana Neighborhood Photoing in Tokyo



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olympus E-P2+Hexagon 公園で出会ったおんなのこたち


ままのたまり場 なる企画を開始した。
育児中のままたちの愚痴を聞いたり、一緒に考えたり
いらっとしたときに ふっと心がゆるむような飾る写真を作ったり。

幼児虐待のニュースを目にするたびに、そこまで追いつめられてしまったままたちの辛さを想うと、
やってしまったことは取り返しがつかないことで、善悪を問うまでもないことなのだけれど。そのま
まの辛さのほうにもどうしても目がいってしまって、とても心が痛む。そうなる前に、どこかで気持
ち、状態を吐露できる場があればおおごとにはならなかったのかもしれない、などと。

私なんてのほほんと暮らしていて、追いつめられている訳でもないから、そんなままたちの気持ちを
どれぐらい本当に理解できているのかはわからない。けれども、育児をしているとどうしても「良い
母」を演じていかなくてはいけないこともたくさんあって、演じきれなかった自分に罪悪感を感じて
中へ中へとその気持ちをとじこめてしまう。はけ口が思い通りにならない子どもを力で制することへ
と向かってしまうのか。

育児というのは努力が報われる物でもないし、見返りがあるわけでもない。思い通りに子どもが成長
してくれるわけでもないし、悩み抜いて、努力すれば思い通りの結果が得られる訳でもない。今まで
の人生ではじめて、自分の無力さや理不尽なことへの行き場のない思いを感じることばかりだ。
そんな中で、世の中からは おなかが大きくなったとたんに母性愛があるのが当たり前のように考え
られ、子どもは常時愛おしいもので、うっとうしいとか、もしいなかったら・・・なんて想う母親は
鬼のようにいわれてしまう。
私だって2人の娘を育てているけれど、「あ〜〜あ!」なんて思うことはもう数えきれないほど。
でもね、もしいなかったら。。。って妄想の世界にはおそらく多くのままがこっそりとはいっている
のではないかしら。みんな日常的に手こそ出さなくとも、歯ぎしりをして握りこぶしをわなわなとさ
せたり、何回かは手を出してしまったことだってあるのではないかしら。
そして、夜、子どもの寝顔を見て、ほおずりをして ああかわいい、なんであんなに怒ってしまっ
たんだろうと反省することを繰り返す。

自分だけじゃない、みんな、みんな きっとそうだよ。

しがらみのないもの同士、育児 写真という共通の言葉をもって時をすごしてみませんか?

イラっとしたときに、冷蔵庫に心がやさしくなるような写真を貼っておきませんか?
子どもがいたずらをして、上からがーっと怒って握りこぶしがわなわなしたときに、ふわっと手のひ
らを開いてシャッターを押してみませんか?

写真を介して、育児、もう少し楽しみに変えてみませんか?

-------ままのたまり場 一回目-------
9月21日(火曜日) 11:00-13:00
阿佐ヶ谷のhanaのアトリエにて
ランチ付き
3000円
持ち物 カメラ、お気に入りの自分で撮った写真のプリント
申し込み、問い合わせ先はこちら →  (Click!) 



olympus E-P2+Hexagon




台風が近づいているのかしら。
風の流れ、空気の様子、そしてなんといっても雰囲気。
台風の気配を感じる。

何がどう違うのか。相変わらず上手に文章にすることができないのだけれど、真夏のすかっと抜けて
いる空気、強く鋭い日差しがすっかりなりをひそめて秋の風の匂いがしてくる。
そしてそれもまた 清々しい秋の匂いというより、台風がきそうな、ちょっと不穏な匂いがしてくる。
写真のおけいこも8月はなにかとみなさんもお忙しそうだし、なんといっても暑いからおやすみにし
ようかとおもっていたのだけれど、真冬の雨でさえも撮っていたメンバー。暑さ? 秋の予感のする
緑道を撮りたい! ということで8月の末、昨日行った。
7月の半ばから、1ヶ月半ぶりに皆であるく緑道。
汗は噴き出してくるし、確かに気温は高い。
それでも木陰に入ったとたんにびっくりするほど秋。

そこかしこに蝉の抜け殻があって、こんなに蝉っていっぱいでてきているんだと驚き。
高い木 おびただしいほどの葉があるのに、たった1枚に3この抜け殻があったりして、蝉の幼虫に
好かれる葉というものは特定されているようだ。
葉までたどり着けずに幹で脱皮したものもたくさん。
そして、木の下には葉から落ちた抜け殻がごしゃごしゃといっぱいある。

人生で一番たくさんの抜け殻を見た日。
もぬけの殻 抜け殻  なんだか心がぽっかりとなくなってしまって、あまり良い響きに感じていな
かったけれど、昨日見たたくさんの抜け殻からは生きる力のようなものを感じた。
新しい世界へ踏み出していくパワーというのかな。
抜け殻!いいじゃない! と思った。

hasselblad500C/M+Distagon50mm+Phase One P20+



ちょっと日向を歩くと、皮膚からにじみ出るように汗が出てくる。
腕の表面にうっすらと汗の膜がはっていくような、そんな変な感じ。運動をしていてぽたぽたと滴り
落ちる心地よい汗ではなくて、もわーっとわきでてくるような気持ちの悪い汗。タオルで拭いても拭
いても表面がまたすぐにじわっとしてくる。
蒸し暑い。。。ひたすら、ひたすら蒸し暑い。

それでも日が落ちるにしたがって、蝉の声は弱まり、秋の虫が草むらで一斉に鳴き出す。耳をすまし
ているとたくさんの会話がこぼれ出てくるようでとても気持ちがよい。虫たちの邪魔をしないように
路地に入る時もそっとそっと忍び足で入っていく。そうすると左右からさわさわという風の音ととも
に虫たちの楽しげな語らいが続いて、あくせくしている日々から少し離れた自分を感じることができ
る。
草むらも秋への準備が着々とすすんでいて、猫じゃらしやカヤツリグサといった雑草も、夏の鮮やか
な黄緑からすこしずつ色あせて穏やかな色になってきている。
6月あたりから花をつけはじめ、夏の初めに第一弾が終わり、二回目の満開をむかえたサルスベリも
くしゅくしゅした花が秋の風にのって散り始めた。
柿もしらないうちに青い実をたくさんつけて、これからいよいよ木々は葉を染め、赤や橙の実をたく
さんつける楽しい季節がやってくる。

今日の空の色は少しけぶっている。
雲も柔らかくなって、夏のさすような青と目に痛い白い雲ではなく次の季節へと足を踏み入れたこと
を知らせてくれている。


leica x1

私は意外と人見知りだ。
というとみんなに笑われる。
あれだけ初対面の人とでも話ができて、楽しそうにしていて何が人見知りなの?って。
でもね、人見知りなんだよ、本当は。
黙っている時間、静かな時間が怖くて、ひたすらしゃべってしまう。
頭の中で反芻する暇もなく、とりあえず思ったことが口から出てしまう。
よいのか 悪いのかわからないけれどこれはずっと治りそうもない。

学生時代の友人、距離の近い人だとこれが逆に静かな、しゃべらない時間が増えてくる。
なーんにもしゃべらないで、だまーって時を過ごしていく。
そういうものじゃないかな?もちろんきゃーきゃーと話をしていてテンションがあがる時もあるけれど、黙って
いても苦にならないし、話題がつきたから「じゃあ 帰りましょ!」という風にもならない。
何を考えてるの? って 何も考えてない。
回りの音も聴こえてくる そう 聞く じゃなくて 聴こえる
ものも目に入るだけで 見ている わけじゃない。
安心して 無防備で 子どもの頃のように何の思惑もはさまない時間を過ごすことができる。

似た物同士の友達が多いから用もないのに急にあいたくなったり、電話したりする。
一言 声を聞くと う〜〜ん別に用はないのだけど ってお互いになってしまう。
それで何となくお茶飲んでケーキ食べて 気がつけばたいした話もせずに3−4時間が過ぎている。
なんだかもやもやとした心持ちが、静かな時間を過ごすことですーっと消えて、次に会うまでのパワーとなっ
て充電されていく。

ただただぼんやりと、のんびりと 弛緩して時間を過ごしていく。
そんな時間を過ごしていると 幸せだな と感じる。
幸せってどんな感じなんだろう と思ってもうまく言葉で表現できない。
無意味そうに見える時間を共に持つことをもったいないと思わずに、逆に充足感や満足感をもたらしてくれる、
社会的には意味がなくても、個人的にお互いに意味のある時間だととらえられる。
そういう時間に身を置いている満ち足りた状態を「幸せ」という言葉におきかえているのかもしれない。
hasselblad500C/M+Distagon50mm+Phase One P25



どこからともなくいい香りがしてくる。
ジャスミンよりもう少し柔らかな、息の長い感じのかおり。
きょろきょろと見回したら、ツルがにょきにょきと飛び出していた。
定家葛(ていかかずら)だ。夏の暑さを超えて葉は力強い濃い緑色をした厚手のものになっていた。

春先にみかけたときは、若葉と薄黄色の花芯とはなびらがゆらゆらとしていたのに、夏の終わりに見
るとずいぶんと強くお日様をもとめて上へ上へへと伸びている。

藤原定家は式子内親王への想いが彼女の死後も断ち切れずいた。そしてそんな定家の想いが葛となっ
て内親王のお墓にからみついていた、といった由来で名付けられている。
私はてっきり内親王の想いが葛となって、定家の墓にからみついていたのだと思い込んでいたらその
逆だった。オトコの想いが葛になって絡み付くというのは、女の想いよりもっときりきりと強く絡み
付いていそうで、これはちょっと怖い。

想いが葛となってからみつくほどの愛を持っているヒトはたくさんいるだろう。でも大抵のヒトはき
りきりと絡み付くことなく、その想いをうまくそらしていくのだろうね。
自分の気持ちに嘘をつく必要はないだろうけれど、真っ正直にぶつけすぎるのも考えもの、そんなこ
とをこの葛は伝えたかったのだろうか。
それにしても香りは柔らかく、そんな強い執着が込められている花とは思えないけれど、やはり日本
の花にしてはかなり香りがきついからそんな風な言い伝えになったのかもしれないね。

電車の中での香りは控えめに。
ふと そんなことをこの由来と香りから思った。